コロナパンデミック
雑僧の雑感 仏暦2563年3月 前半 vol.33
「コロナパンデミック」
何が大切なのか? 何処にベクトルを向けるのか? 誰の為に行うのか?
物事の判断基準にぶれがあってはならぬだろう 自己都合での決断であってはならない
人智の及ばない事が多すぎる。科学万能社会の幻影は、時として地球や宇宙をも操れると勘違いしてしまう。でも、宇宙やら地球やらの時間軸に比べれば、人の一生など一瞬。
「宇宙の塵」なんて言い方もあるが 私は「地球の瞬き」と表現する
なんだか塵よりも素敵かなー、なんて思う。人間の知恵など、到底及ばない次元の事の方が多いだろう。天災然り、疫病然り。人の力でなんとかなるという考えは傲慢だろう。
勿論、努力する事や知恵を絞る事に邁進する事は否定しないし、尊いと思う。ただ自然やら地球やらを操る事は出来ない。とは言うものの、何とかせねばと思う。
判断や決断は時として誤る事がある。結果論を論じてもしょうがない話。ただ、ベクトルを何処へ向けているかが大切だろう。自己の都合か、他者への想いか。それがぶれなければ、人を想っての判断ならば、堂々とすれば良いと思う。
ある時は自己都合 ある時は他者への配慮 あっちへ行ったり こっちへ来たり それってどうなの?
右往左往するよりも、何が大切かを考え、ぶれずに行動する。芯を持って決断する。芯がしっかりしていれば、批判も非難も堂々と受け止められる筈。
コロナパンデミック 一体何時まで続くやら…
そんな中でも、生活しなくちゃならないし、休めない職種の人も当然いる。息を潜め、閉じこもるなんて無理。だって我々は生きているのだから。世間の流言に惑わされず、自分の判断で行動する。天災や疫病の時には、流言は飛び交うもの。愚かな煽動に惑わされぬよう、流言に引っ張られないようにする事も、自己防衛の一つだろう。
一刻も早く事態の終息を願うばかりである
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