卒業

雑僧の雑感 仏暦25693月 後半 vol.178

「卒業」

 

 旅立ちと別れの季節がやってきた。新たなる門出。小学校なら六年間、中学高校なら三年間。楽しかった事、辛かった事、上手く出来た事、上手く出来なかった事。嬉しい事や悲しい事、それぞれの想いを胸に巣立って行く。

 「卒」は終わるとの意があり、「業」には学問や仕事、芸事の意がある。「芸事にはあがりがない」と言われる。歌舞伎や能、落語、華道、茶道、書道等には、完成がないとの意である。一生涯の研鑽である。学問もおそらく同じであろう。

 仏道においてのゴールは成仏である。戒を保ち、定まった境地を得、智慧の眼が開かれたならば、悟りを得る事が出来る。しかし、その道は果てしなく遠い。仏教の時間軸は現世のみではなく、過去世、現世、未来世の三世を通して仏道を歩む。これ以上学ぶべき事がない境地を「無学」と言う。

 卒業は一つの大きな節目であろう。これまでの生活を振り返って、思うところは人それぞれ。過去は戻る事は出来ないが、振り返る事は出来る。良かった事も、悪かった事も、その全てを総括する。そして新たな一歩を踏み出す。期待と不安があるかもしれない。いや、卒業に限らず、人生は期待と不安の連続なのかもしれない。時間は有限である。一瞬一瞬を大切に、心が向いたなら、失敗を恐れずにチャレンジする事も大切だろう。「失敗は挑戦の結果であり、私たちはロボットではないので当たり前のこと」とは、あるアスリートの言葉。人生は勝ち負けではない。そして人の命もまた有限である。人生最後の時に来し方を振り返り、まあまあ満足だったと思える。そんな人生を歩みたい。


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