正しいとは?
雑僧の雑感 仏暦2564年4月 後半 vol.60
「正しいとは?」
「正しい」とはどういう事だろうか?
正しく生きる 正しく判断する 正しく物事を見る
正しい言葉遣い 正しい食事の仕方 正しい立ち居振る舞い
正しい思考 正しい筋トレの仕方 等々
巷には「正しい」が溢れている。でも、「正しい」って考えて見れば漠然としている気がする。人に迷惑をかけない、自分に正直であれ、とかなら解る。しかし、「正しい」とか「正しく無い」とかの基準って何だろうか?
国でいえば憲法や法律が一応の基準といえるだろう。会社や学校、社会においてはそれぞれのルールがある。おそらく「正しい」の基準はここからくるのだろう。しかし、絶対的な正しさと言うと難しい気がする。
絶対的に「正しい」とは何であろうか?
人が生きて行く上での判断基準はもっと曖昧だろう。それぞれの価値観、人生観によって「正しい」の定義は異なる。つまるところ、百人いれば百通りの「正しい」がある。そしてそれは一つとして同じ物はないのではなかろうか?
仏教では悟りに到る為の修行の実践に「八正道(はっしょうどう)」という物がある。その第一「正見(しょうけん)」。物事を正しく見るという事だ。文字にすれば簡単に思えるが、現実はどうだろうか?自分にとって都合の良い物しか見たくない。自分にとって都合の良い事しか聞きたくないし、世の中を見たくない。都合の悪い事は「正しく無い」と判断してしまう私達ではなかろうか?それは何ゆえか、煩悩があるからである。だから仕方の無い事であろう。けれど、ほんの少しでも、他者の「正しい」を受け入れる事が出来る。そんな自分でありたいと思う。
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