1. HOME
  2. お知らせ
  3. 永代橋崩落

永代橋崩落

アイキャッチ用雑僧雑感
雑僧の雑感 仏暦2566年9月 後半 vol.118

「永代橋崩落」

 

永代とかけたる橋は 落ちにけり 今日は祭礼 明日は葬礼

狂歌師太田南畝作

 獨山人の雅号でも知られる狂歌三大家の一人

「恐れ入谷の鬼子母神」の元だとも伝わる

恐れ入谷の鬼子母神 どうで有馬の水天宮 志やれの内のお祖師様

 永代橋は元禄11年、時の将軍綱吉の50歳を記念して架けられる。架橋には上野寛永寺根本中堂の余材を使用したといわれる。名称の由来は永代島に因む。又、徳川幕府が永代にわたり続く事を願うとの説もある。

文化4819

人類史上最悪といわれる落橋事故が起こる

 その日は、深川富岡八幡宮で12年ぶりに祭礼が行われ、江戸市中から、多くの人々が永代橋を渡り深川に押し寄せた。また、一橋家の舟が永代橋を通過する際に、通行止めにした事も一因ともいわれる。この通行止め解除による混乱により、その重さに耐えられなくなり橋は崩れ落ちたという。落橋に気付かずに、人々は雪崩の如く隅田川へと転落。死者、行方不明者1400人を超える大惨事となった。この事故は、歌舞伎や落語、小説にもなっている。

冒頭の狂歌

実はこれまであまり好きではなかった

上手いとは思うが不謹慎に思えたからだ

しかし最近少し考えが変わった

 南畝はこの事故を目の当たりにしたという。あまりのショックに、この大惨事を忘れてはならぬ、悲劇を繰り返してはならぬという思いがあったのではないだろうか。そして、狂歌師としての矜持もと、精一杯の皮肉の中に、追悼の心が込められているのではなかろうか。そんなふうに思うようになった。

 この事故の供養碑は、目黒海福寺(深川より移転)と行徳徳願寺にある。海福寺の供養碑は木場の旦那衆発願、徳願寺の供養碑は日本橋の旦那衆による発願と伝えられる。

今日は祭礼 明日は葬礼

合掌

南無阿弥陀仏


お知らせ一覧

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事