宗派

アイキャッチ用雑僧雑感
雑僧の雑感 仏暦2567年5月 前半 vol.133

「宗派」

 釈尊の膨大な教えは膨大であり、八万四千の法門と言われる。経典は、釈尊の説法であり悟りへの道標である。その教えは「応病与薬(おうびょうよやく)」と譬えられる。病に応じて薬を与えように、その人にあった修行法を説き示された。

 浄土宗の開祖法然上人は、「南無阿弥陀仏」と称えて、後世極楽浄土に往生する教えに出逢い、たちどころに念仏の道へ入った。因みに浄土宗における極楽浄土往生はゴールではない。極楽浄土で仏道修行を積み、成仏を目指すのである。

 あるお祖師様は座禅により悟りを目指す道を行き、あるお祖師様は「法華経」による成仏の道を歩んだ。それぞれのお祖師様の真剣なまでの、悟りへの道が宗派となって行くのである。故に宗派間に優劣はない。全てが釈尊の教えであり、成仏への道であるからだ。因みに且つての「宗」とは現在の教団の意ではなく「教え」との意があった。

 以前にも書いたが、釈尊の弟子に摩訶槃特と周利槃特という兄弟がいた。兄摩訶槃特は優秀であり、弟周利槃特は最も愚かであったという。兄の勧めで教団に入ったが、自分の名前ですら忘れてしまう程だったらしい。この周利槃特が「塵を払わん、垢を除かん」と念じて、一心に掃除を勤め、やがて自分が掃除して清めているのは塵や垢だと思っていたが、その実自分自身の煩悩であったのだと気づく。そして周利槃特はたちどころに悟りを得たと伝わる。仏教の教えは難しくはない。「悪い行いをしない、良い行いをする」これのみである。しかし、教えは簡単だが、実行する事はなかなかに難しい。一心に掃除を勤め悟りを得た偉大なる仏弟子に仏教の本質を学ばせて頂く。


 

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